2012年9月2日日曜日

第2話/旅立ち


主な話者:うさぎ
友達で囚人の自由鳥へ宛てた手紙

いつも裸足のきらら
「まわりの人みんながそう言っている」と思いこませる、人びとの心をコントロールする「テレ・ヴィジョン」
なおすこと
遠くの国から「豊かな」国へ、長い距離を運ばれてくる、安い野菜

うさぎは、手紙を書きながら、灰色の仕業に腹を立てている。

銅山の国への乗り継ぎの飛行機を待ちながら。



『うさぎ!』が紹介する、インターネット上の参考資料
http://www.foodfirst.org/backgrounders/goinglocal

他、英語の紙媒体資料



ところで、登場人物のうさぎは、小沢健二さんに似ていると思う。太ってるところは似てないけど。

うさぎは、食いしん坊で、体からのメッセージに素直だ。お茶目なところがある。そして熱い。

“「人の社会をなおそう…。星をなおそう…。」毛布にうもれて、うさぎはぶつぶつつぶやいているのでした。”
第2話 65頁

テレビ、そう言えば、「うさぎ! をめぐる冒険」というトークショーでも、触れられた話題だ。

BOSEさんいわく「最近テレビ見なくなったよね」。

私もあまりテレビを見ない。子どもと一緒に子ども番組を見る程度。でも最近は、時間があれば、ニュース番組をいくつかのチャンネルで見るようにしている。

時々見ると、テレビのコマーシャルというのが、すごいのだ。何て言うのかな、激しい色彩で、必要以上に大きな声で、ぐいぐい来る。

引いた態度で流れるコマーシャルも時々あるのだけど、その「さりげなくなさ」も、ものすごい。


私の父や母はテレビが好きだ。いつでも見ている。私より芸能人に詳しい。

「テレビでみんなが言っているから、これは正しい」観は、私の世代(30代)より親の世代のほうが強いのではないかと思う。まあでも、その暮らしは灰色の言うなりという感じでもないが。


日本人は特に「みんなと一緒」が好きだと思う。外れたことは、白い目で見られる。(私は逆で、「毛色が違う」と思われることが大好きだ。)

周りを見て合わせる、そうするといろんなことがなめらかに進む気がする。


その「合わせる」っていう態度の延長線上に、「他の人と違う意見は言いづらい」があると思う。これは本当に困る。


それから、スーパーの野菜、本当にかわいそうな状態のものが売られている。

「これが普通です」と言わんばかりに堂々と売ってるけど、これ絶対普通じゃない、というものが並んでる。どの国でもそうなのかな。

その安さの代わりに、地球の氷が溶けてる、と読んで、確かにそうだよなあ、何のからくりもなしにあんなに安いわけないよなあ、と妙に納得する。

「有機栽培の野菜」と言われているものと、「スーパーの野菜」は味が違ったり、色つやが違ったり、保存のきき方が違ったりする。

それに気づくことは、貴重なことだと思う。


ちなみに、私の周りには一部の野菜を自家栽培する人が多い。

うちの長男もミニトマトをうれしそうに育てている。

野菜はお金で買うばかりじゃない、そのへんでにょきにょきと育てることもできる。

「うちのミニトマトは無農薬」「今年のじゃがいもは暑さで溶けてしまった」そういう会話が、前よりもっと楽しく感じられる。こういうのってリタイア後のおじいちゃんおばあちゃんの必須会話だ。


「ズボンに穴が開いたからポッチャマ(ポケモン)のアップリケをつけて」そういう会話は、本当に小さい一言だけど、なおすって、そういうことなのかもしれない。何かにつながっているのかもしれない。


それで、ですね。

「じゃあオザケンが言うから有機野菜しか買わないようにしよう」とか
「服を買わないようにしよう」とか
思ってしまいがちですよね。

有機野菜しか食べなければ、服を買わなければ、オッケーなのか?

「よし、これで解決」と思ってしまうこと。思ってしまいたい気持ちも分かる。

でも、そこを解決としないのが『うさぎ!』なんです。
 “みんながうさぎ君たちのように考えなければいけない、などという気持ちは、作者にも、おそらくうさぎ君たちにも、ありません。ご自身のお考えが違うからといって悲しくなったり、怒り出したりは、なるべくなさらないでください。考えなんて、他人に言われて決めるものではなく、自分で積み重ねていく、あるいはぶっ壊していくものだと思っています。”
一巻 はじめに 8頁

みんながうさぎくんのようになってほしいなんて、著者はひとつも思ってない。

野菜も革靴も、理解のための例にすぎない。

考えのきっかけをつくろうとだけ、しているのだと思う。

考えること、気づくこと。

私にとって『うさぎ!』は、目が変わるような感覚をくれたものでした。

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